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2012年2月

高知新聞連載2月15日水曜ミュージアム(地球・美の幻風景)     ~モニュメント・バレー~

Photo                ~モニュメント・バレー~

私は 最近 自分の写真を語るうえで「宇宙」という言葉を

使いすぎているのではないかと 少し気になっていた

連載の文章を書くようになってから その言葉は形となって残る為

特に気になりだしたのかもしれない

しかし この言葉に頼らないと私の思いは伝えがたい事も事実だ

それは 私自身が求め続けている世界感だからなのかもしれない

「自分・地球・宇宙」をひとつの生命体と感じ

そして 突き詰めていくと

自分自身を知る事ではないだろうかとも思う

ここ 米国モニュメント・バレーは 

セドナより車で約5時間の所に位置する 

5千万年もの年月をかけて 

雨と風によって創りあげられた地球の創造美だ

2月上旬 凍てつくような日だった 

到着後 太陽の光は もう夕刻である事を教えてくれていた

赤い岩山は 夕陽に染まりはじめ 色をより濃く反射している

私は 手前の貝殻岩を中心に染まりゆく赤い大地を描き

撮影を続けていた 

岩山は夕陽が沈むにつれどんどん赤く輝きを増し 

空と大地のコントラストの強度が変化しつづける様子に 

私は興奮を押さえきれなかった 

そしていよいよ クライマックスにさしかかると 思った瞬間

急に光が途切れはじめた  

私は 愕然とし 後ろを振り返ると 

なんと太陽は裏山に隠れてしまっているではないか

私は 肩を落とし、虚ろな思いになり 

諦めきれずに その場に立ち尽くしていた

最後の真っ赤な夕陽に見放され 身体が芯から冷えて

急激に寒さが襲って来た 

気が付けば周りに居た観光客の姿はもうない

諦めて帰ろうとしたその瞬間 私は思わず息を飲んだ!

裏山のほんのわずかな隙間から 

一筋の光の矢が放たれ 

大地を燃えるように赤く染め上げたのである

私は ピントを確認し かじかんだ指でシャッターを切った

奇跡の一瞬に 私は 遠く地球を離れ

別の惑星に迷い込んで 

宇宙を旅したような不思議な錯覚に包まれた

もし この先 

一歩でも前に進むと

もう地球には戻れないのではないかとさえ思った

美しさを越えて自然の持つ驚異が私を取り囲んだ

金色の満月が煙のように昇ってきた 

まさに ここモニュメント・バレーは 

地球上に存在する「無限の瞑想空間」だ

ホテルの部屋に帰っても放心状態のままだった私は 

眠れず 何かに導かれるように 

外に出て星空の撮影をすることにした

闇を宝石にかえた空 

何億年もの時が流れては消え そしてまた現れる

と その時 近くの岩影に 何か気配を感じた

恐る恐る目をやると そこには信じられない光景が・・・

白いオオカミ? どんどんこちらに寄って来る

目が合い 私は 心臓がドキドキし 撮影どころではなく

カメラを三脚から外せないまま 一目散にホテルに走って帰った

翌朝 その事を現地の人に話すと 「お前はなんてラッキーな奴だ

現地の人間でも中々出会う事はない」と言われた

しかしあの恐怖感はいまだに忘れる事が出来ない

きっとラッキ―なのは 今 命あることだ

現実の世界に住んでいる自分の姿をあの日以来

もう一人の自分が見つめ続けている

私はモニュメント・バレーの風景を 生涯忘れることはないだろう

                        禁無断複写・複製・転写

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高知新聞連載「水曜ミュージアム」2月1日                        (地球・美の幻風景) ~四万十雪舟~

Photo                  四万十雪舟

先週 高知は今冬一番の冷え込みを記録した

近年 雪の日も年々多くなって来ているように感じるが

南国土佐に住んでいると 今も雪の予報に心ワクワクしてしまう

私がこの写真を撮影した年は 

その冬 最初で最後の雪景色だった

私は久礼坂の峠が凍結しない事を祈りながら

小雪がちらつくまだ 真っ暗な中

車を四万十川に向けて急がせていた

夜明けが近づくにつれ 

ほんのりと雪明りが 辺りをやさしく照らしだしていた

うっすらと雪化粧をした山々が

墨絵のように空に映し出されている

ここは土佐の小京都とも呼ばれている所

私は冬の京都を訪れた時の情景に景色を重ね

情緒豊かな一枚を求めていた

河口から一番近い沈下橋までたどり着くと

私は車と呼吸を合わせ

慎重に橋を渡り 近くの竹林まで抜けて行った

秋を越した竹は まっすぐにしっかりと川を守るように

天に向かい 起立していた

まるで 人生の節目を表すかのような竹の節々

少しの風にも舞っていくほど儚げな中

淡雪は やさしい真綿のごとく

傷を癒すかのように そこだけを包みこんでいた

竹林の向こうに 今でも使われているのだろうか

小舟が 一艘姿を見せる

私はその時 京都の嵯峨野の竹林や 深く滔々と流れる宇治川

北山の凛と張りつめた冷たい冬の空気などが

一気に体の中を駆け抜け この出会いを一枚の絵画として

撮り納めたいと強く思った

「四万十川」と言えば「日本最後の清流」として

誰もが思い起こすほど 今では有名になっている

また ここ中村(四万十市)は関白一條氏ゆかりの地でもあり

雅やかな情緒と奥ゆかし風情をいまに伝える小京都でもある

歴史に残された余韻は 今もそこここに受け継がれ

美しいだけではない心の襞を この町は持ち続けているのだろう

過去には河川法上「渡川」と長く呼ばれていたが

平成6年正式に四万十川と命名されたと聞く

その昔 この川は毎日幾度となく人々を運び 

生活の糧を支え 潤いを与えていたのだろう

多くの物語を秘めて 川は 今の姿を我々に見せてくれている

一級河川の名称変更はこの川が初めてだそうだが 

それは いかに世に愛された川であるかと言う証ではないだろうか

撮影を終え 一息つくと もう日は高く昇り始めていた

私は時代絵巻の中を通り抜けて来た様な感覚にまどろんでいた

まだ溶けやらぬ雪は銀面が鏡のようにきらきらと輝き

その間から 黄色の菜の花が星のように顔を出す

光の風が川面を撫でては流れていく

大河は誰の為でもなく 

ただそこにありながらゆったりと時を運ぶ

ああ もう次の季節がやってくるのだ

心なしか東風がそっと 私の耳元をすり抜けていったようだった

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