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2011年10月

高知新聞連載10月19日(地球・美の幻風景)~妖麗~

__2                    ~妖麗の世界~
  

燃えるような季節に心躍らせる時がやって来た

高知県にも全国的に有名な紅葉の名所がある 

香美市物部町別府

渓谷の入口に熊のオブジェが出迎えてくれる新錦渓橋に車を止め

息を飲まんばかりの情景にただただ立ち尽くす

その年は 10年に一度の素晴らしい紅葉だと地元の人は言った

ちょうど その日は雨あがりの休日 最後の紅葉を楽しみに 

家族連れら多くの人々が訪れていた

前日に降った雨がまだ湿り気を渓谷に残し

秋晴れの太陽が辺りをより鮮やかに彩る

錦色に染まった木々と、耕したような土の匂いと

紅葉した葉が醸し出す濃厚な秋の気配

人々の声も音楽のように川の流れに溶け込んで

共に秋の訪れを楽しんでいるようだ
 

落葉した葉を手に取ってみると

どれ一つとして同じ色のものはない

当たり前のことなのだが

改めて自然のなせる業にはかなわないと苦笑する

運転席の前に小さな秋を1枚2枚 一緒に乗せて 

もう少し先へ進むことにした
 
寒い冬の前に贈られた美しい渓谷に圧倒され 

多くの観光客もあまり気にならず 

彩りの中で私は撮影を続けていた
 

そして その日 最後の撮影場所に着いたのは

もう ひんやりと冷たい山の空気が薄闇に覆われた頃であった
 

一つの渓谷を超え 誰もがもうこの時間 

足を運ぶことの無い県境近く 

川幅が少し広くなった所に車を止めた

目を凝らしたその先にまっすぐに落ちる滝の姿があった

今からは その日最後の光との勝負だ 

肉眼では届かぬ光もレンズは拾ってくれる

最大限にその光を滝に向けて集中させ

息を詰めるように一枚一枚を撮影する

期待していた滝の前の紅葉は紅色に染まり

落ち続ける滝は妖麗で静謐な時を添える

詩人ゲーテが述べた

「光と闇の間に色彩が誕生する」という言葉を想う

滝の向こうになお刻の扉が開かれ 迫りくる闇の中で 

そこだけが私との一体の世界となった

歴史の中で 

別府峡を含む近郊の山々は「中東山」と呼ばれたという

土阿国境の中間にあり 土佐の国の東にあたる為だったとされる

藩政時代には伐採が禁じられていた

何やら意味深い伝説の地だったのかもしれない と思いを巡らした

撮影を終え 車をUターンさせたときは漆黒の闇に包まれていた

だが 脳裏には もみじの赤の残像だけが残り 

体の中に力が蓄えられていくようだった 

アフリカのマサイ族にとって赤は 人間に潜在する力を引き出し

時を超え文化を超えて 

人の本能が太古から知っていた

「勇気と誇り」を象徴する色だと聞く

これから厳しい冬を迎える

無事越冬する為に 

自然界が命あるものに与える色彩の力なのかもしれない

                                  禁無断複写・複製・転写 

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高知新聞連載10月5日(地球・美の幻風景)~生命の泉~

Photo                   ~生命の泉~

セドナの街から郊外へ向けて約30分 車を走らせる

車窓の外に次々と現れる奇怪な岩山や

空景色に見入っていると 突然体が大きく揺れ始めた

舗装された道が途切れたのだ

前を走る車は物凄い勢いで砂埃をあげていて

まるで 煙に誘導されているかのように 前はよく見えない

ハンドルを取られないようしっかりと握り

砂埃のトンネルをくぐり続けた

すると ぼんやりとした煙の向こうに突如として

小高い丘が現れた そこは まるで隕石が落ちたかのように

ぽっかりと砂漠に大きな穴をあけている

モンテズマウエルである

「聖なる泉」と呼ばれ

12世紀頃の先住民 シナグワ族の住居跡がある

泉を囲むように積まれた石垣は 竪穴式住居の名残である

岩肌に張り付くように石は積まれ

人々は梯子を使って 出入りをしていたという

また 古代ネイティブアメリカンのシャーマンたちはここで

祈りの儀式を行った

今でも儀式の際には遠くからもこの水を汲みに来ると言う

広大なキャニオン地帯に幻のように現れる

深く美しい泉は年間を通じて 水温が25度と安定している

エメラルドグリーンの湖面はきらきらと輝き

今でも水はこんこんと湧き出て 泉に流れ込んでいる

それは 神秘を含んだ地球の摂理を物語っているのかもしれない

豊かな水は人々の暮らしだけではなく植物をも育て

薬草なども豊富にあったという

蛇にかまれたときに解毒する草

スネイリビッシュや

砂糖の代用にもなるメスキートという豆類など・・・

先人達は 自然と共に身を置き

気の遠くなるような長い歳月をかけて

循環し続ける水との会話を静かに楽しんだのだろう

その情景は懐に深く滲み渡り 私は撮影をすることも忘れ

腰をおろして旅の疲れを癒した

水面から水分を含んだ風が湧き上がり 乾いた身体に心地良い

ぼんやりと しばし 時に心を委ねていた

風が急に変わりひんやりと頬を撫で

夕暮れが近いことを教えてくれた

対岸の切り立つ断崖が段々と赤く染まりはじめ

絵の具をこぼしたかのようにあたりの色彩が変わっていく

私は我に返り ようやく撮影をはじめた

水面に赤く染まった対岸が逆さに映り込んでいた

深い泉に引き込まれるようにレンズを向けると

先人たちの息使いが聞こえる

秋の始まりを告げる 黄葉した一本の樹木

「生命(いのち)の泉」の枢軸の象徴として今も尚

この地を守り続けているのかもしれない

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