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2011年4月

高知新聞連載 (地球・美の幻風景) ~水辺の情景~

    _1_2          地球・美の幻風景            桐野伴秋の世界
                      ~水辺の情景~   

長野県奥蓼科の御射鹿池。

この風景とは思いがけず出合った。新緑の頃、むせ返るような若葉の中をくぐり、

車を走らせていたときである。辿り着いた先が御射鹿池だった。

朝の新鮮な光を浴び、池は鏡の様に緑を反射させていた。

日本画家東山魁夷の名画、「緑・響く」はここを舞台に描かれているという。

しんとして無人。

静謐な空気の中で私の内部がどんどん入れ替わって行くのを感じた。

新緑は風にゆれ、

柔らかいささやきがコンチェルトのように私の耳に届いては去りゆく。

森は歌い風が舞う。私はしばらく、身じろぎもせず、想いをめぐらした。

『モーツァルトのピアノ協奏曲を聞きながら白馬が湖畔をゆっくりと歩く・・・』

そんなイメージで東山画伯は作品を描いたことを知ったのはずっと後に

なってからのことだ。

静けさに体を委ね、日が高く昇らないうちにこの景色をカメラに収めることにした。

地球上には画家たちが愛した風景が巨万と点在するが、

ここは、その一つなのだ。私はたまらなくいとおしい気持ちで、向き合った。

新緑と水が混ざり合う。薫風が森の奥へ奥へと誘う。

三脚を立てた足元は軟らかで、湿地

独特の土の匂いに抱きしめられる。

それは自分がその情景の中へ連れ去られ、溶け込ん

でいくような感覚だった。

木々は水面に映る自らの姿と対話し、朝の光が黄緑色の若葉の間を縫い、

水鏡に反射する。突然森の向こうから木の幹を撫でながら、

長い間吹きめぐっていた風が一瞬水面に集中した。

さざ波がふんわりと白いベールを連れてきて、あたりをいっそう神秘

的にした。どこからか聞こえる鳥のさえずり。それが帰って静寂さを増す。

不意に目の前を一匹の蝶が舞い、時間の経過を知らせてくれた。

最近、ここ御射鹿池にも開発の手が伸びてきて

大きな温泉施設が計画されようとしているらしい。

自然から受けた恩恵はもっと違う形で返せるのではないだろうか・・・。

と複雑な思いだ。

私は立ち去り難い想いを胸に、美しい自然の名画の前を後にした。

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高知新聞連載 (地球・美の幻風景) 桂浜・心象

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            地球・美の幻風景      桐野伴秋の世界    

                   ~桂浜・心象~

空へ続く海の道。想いを延ばす私の四肢を言い知れぬ開放感が駆け巡る。

高知に暮らす誰もが知り、誰もが訪れた事がある場所であろうここ、桂浜。

高知市浦戸にあって太平洋に臨む弓状に広がる砂浜である。

月の夜は、神々しいまでの光が柔らかく降りそそぎ、心に優しく届けられる。

今でも私は身近なこの浜へ、

まるで旧友にでも会いに行くように、幾度となく訪れる。

波のリズムに意識を合わせていると、

生命の始源の遠い記憶が寄せては返すようだ。

幼稚園の遠足でシャツまでびっしょりになって走り回った砂浜。

覚えたての自転車で遠出に挑戦し、ペダルを漕ぎ続けた小学生のころ―。

五色の石を拾うおばあちゃんの背中や、波に戯れる子供の歓声など、

様々なシーンが波間から顔を出す。

この朝、私は、前日の強い風で、何かを予感しながら桂浜へ車を走らせていた。

夜明け前。空全体が、虹で覆われたかのように柔らかな色彩の旋律を奏でながら

時を刻んでいく。その動きは思いがけず速く、逃すこのできない一瞬である。

向こうからの太陽の光が水平線に近くなるにつれて空は急速に移ろいで行く。

やがて水平線の上に太陽が顔を出すと、波がざわめきだした。

その光に導かれるように今日も海は、大きな水の塊となって

いくつもの表情をみせてくれる。

私は波の音と形に取りつかれたかのように幾度となく、シャッターを切る。

太古から決してやむことなく刻み続ける地球の、

さらには宇宙の鼓動を感じながら・・・。

渚という心地良い無重力な場所が覚醒の世界へ連れて行ってくれるのだろうか。

いつの間にか日は高く昇り、私は観光客の楽しそうな声で我に返った。

潮のついたレンズを拭き、ほっと、渚に佇んで遥か先人たちのことを想った。

坂本龍馬が愛し、遠い異国への憧れと想いを馳せた桂浜、

長宗我部元親が守り続けた浦戸の地。

志を高く持った人達の想いが

ほのかに香る潮と波に運ばれて浜辺にうちあげられる。

歴史を超えて今もなお、

数々の夢と決断がこの浜にはみなぎっているのかもしれない。

砂に足を取られながら歩を進め、もう一度私は振り返って海を見た。

空と海が混ざり合い真っ青に輝く桂浜は

                  まさに高知を代表する土佐の風景だった。

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高知新聞連載 (地球・美の幻風景) 永遠(とわ)の祈り

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       地球・美の幻風景   桐野伴秋の世界

                ~永遠(とわ)の祈り~

四国霊場八十八箇所35番札所「清龍寺」は土佐市医王山の山腹にある。

ここは海抜180m。息を切らし、石段を登り詰めると、本堂前に立っている

全長15メートルの薬師如来像が迎えてくれる。

たそがれ時・・・。混沌(こんとん)と、空が薄紫になっていく。

片手のひらに薬(やっ)壺(こ)を乗せ、

ゆったりとお立ちになっているお薬師様の姿は

何処(どこ)から見上げても静かなまなざしを向けていらっしゃる。

私はそのまなざしに触れ、

一瞬、心のもつれがゆっくりとほどかれていくような気がした。

薬師如来は、またの名を医王如来ともいい、

現世に生きる我々の苦しみを拭い去って下さる仏様だという。

無音の空にたちこめる雲、日が暮れると、急激に肌寒さを感じた。

気が付くと町のあかりがひとつ、またひとつと灯(とも)ってゆく。

その様子を見ながら、私は撮影の準備に入った。

「お薬師様、今日はどちらまでお出かけになりますか?」

とファインダーをのぞきながらお尋ねすると、優しくうなずき、

薬壺を差し出だされた。ありあまるほどの愛を携えて、

今日も人々の心にそっと寄り添い、旅立たれるのだろうか?

私にとってお薬師様と向き合う時は、

祈りに封じ込めた数々の時間の記憶を自由に伸ばす事ができる、

格別の時間なのだ。

撮影の間も雲は動き、花風が香る。

雲の切れ間から見え隠れする星たちと共に、想(おも)いは空を駆け巡る。

シャッターを押すことを許されている感触はただただ感謝に近い。

凛(りん)とした気配が私の気持ちをクリアに持って行ってくれるからなのだろうか?

遠く宙(そら)へ身体ごと導いてくれて、大きな繋(つな)がりを感じさせてくれる。

(自分・地球・宇宙すべてがひとつの命)

その輪の中に生命の輝きを見つめていたいと願う。
 

やがて辺りは深い闇に包まれた。

風に向かう立像は今にも舞い上がって行きそうである。

哀(かな)しみの日々の中で倚(よ)りかかるところを無くした人々に

無数の慈悲の糸を投げかけるために・・・。

その風姿は楚々(そそ)として美しい。

ふと気が付くとお薬師様の額に月光が宿っていた。

瑠璃(るり)色の光が放たれていよいよ旅立ちの時間である。

「いってらっしゃいませ。」 私はカメラを置き、一礼をして山を下りた。

  

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高知新聞 (地球・美の幻風景) 連載開始 ~春印象~

本日夕刊より、「地球・美の幻風景」と題しまして、

写真とコラムの連載が始まりました。

第1回目の今日は『~春印象~』です。

地元の新聞なのでブログで出来るだけ

ご紹介しようと思っております。

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  地球・美の幻風景    桐野伴秋の世界

      ~春印象~

うすら寒い季節の中で、今か今かと桜の開花を待ち続ける。

小さな蕾のふくらみが人々の心に春を告げる。

ここ、「奈良大宇陀の櫻」はいつの頃か私の脳裏に焼き付いて

離れなかった桜である。

樹齢300年。かつて大河ドラマのオープニングにも使用され、

大変有名になった櫻で、本郷の滝桜ともいわれている。

この桜との出会いを私は今でも一つの運命のように感じる、

衝撃的な情景だった。

まだ暗い中、大宇陀の坂を車でどんどんと上っていくと、

道は大勢のカメラマンで溢れ返っていた。やっとのことで車を止め、

撮影の場所と位置を探した。午前3時頃だったと記憶する。

漆黒の闇の中、桜は自らの花明りで自らの姿を映し出していた。

ひとつひとつの小さな花が集まって大きな柔らかかたまりとなり、

匂い立つ春の旋律を奏でていた。

私はその香りに吸い込まれそうになりながら、しかし、

まるで最初から約束されていたかのような距離を保ちながら、

夜明けを待った。

あたりが少しずつ明るくなり、

桜は妖艶ともいえる春の微笑みを放した

一瞬、闇は光と変わり、

一斉に周りからため息にも似た歓声が上がった。

私は、一体何枚シャッターをきったことだろう。

ゆるやかに流れる時間の軸の上を、私は夢中で被写体に向かっていた。

桜を真横から照らすように朝陽は昇り、光に包まれた桜の木は

神々しく、ひれ伏すような美しさであった。

311日、東日本をえぐり取ったような地震と津波で多くの人々が、

犠牲となり、景色が無残な姿となった。

ここ数年、高知の桜を愛でた後、私は桜を追いかけて

北上することが楽しみのひとつだった。

あの時出会ったあの桜達は今年、どんな春を迎えるのだろう・・・

「桜は散った時から次の開花を約束されているのだ」と、

ある桜守りが教えてくれた。

被災地にもやがて季節は巡る。せめて美しく開花した桜の花が、

人々の心にささやかな慰めと復興への力になってくれればと願う。

                     

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桐野伴秋の世界 幻想写真美術展 開催!

高知県 香美市立美術館にて桐野伴秋の世界 幻想美術写真展無事開催いたしました!!

準備期間1週間、沢山の人にお手伝い頂き、手作りの、素晴らしい会場を作っていただきました。

準備に携わって下さった皆様、本当にありがとうございました。感謝の気持ちで一杯です。

今回の東日本大地震で震災にあわれ、犠牲になられた多くの皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

美しい風景には力があります。

残された美しい風景が、人々の心に勇気と希望の光を与えてくれることを

願ってやみません。

今 香美市は桜がとても綺麗です。

鳥居をくぐり、満開の桜のトンネルの先に美術館があります。

皆さまのご来場心よりお待ち申しあげております。

          

         開催日4月3日~5月15日 9時~17時 休(月曜日)

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